私たちは認知症になってみて、社会にはさまざまな認知症バリアがあり、それらによってあたり前に暮らしていく権利や生きる力が損なわれていく数多くの体験をしています。同時に、それらのバリアをなくしていくことで、認知症になってからも尊厳と希望をもって、地域社会の中で自分らしく、心豊かに生きていける可能性がたくさんあることも実感しています。
認知症基本法は、この先数十年に渡る日本の認知症施策や国民の認識・行動の礎となるものであり、認知症とともに今を暮らしている私たち、そしてこの先、認知症になるたくさんの人たちやこれからの時代を生きていくすべての人たちが、共に希望を持って暮らしていける活力ある社会を築いていくための未来志向の法が誕生することを、切に期待しています。
日本認知症本人ワーキンググループ(JDWG)は、「認知症とともに生きる希望宣言」に基づき、認知症基本法案に関して、以下の3点を要望します。
2019年10月
一般社団法人 日本認知症本人ワーキンググループ
代表理事 藤田和子
認知症基本法案に関する認知症の私たちからの期待と要望
1.目的、理念の筆頭に「人権」の明記を
国民の一人として、あたりまえに暮らす権利があることを全ての根幹に。
2.「予防」を「備え」に変え、全国民が認知症に希望をもって向き合うための法に
「予防」という語を目的や理念からなくし、国施策の一条項の位置づけに。
3.都道府県及び市町村の推進計画策定の「努力義務」を「義務」に
どこに住んでいても、認知症とともに希望を持って生きていくために。
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認知症基本法案に関する認知症の私たちからの期待と要望(2019年10月)
<期待と要望の詳細>
1.目的、理念の筆頭に「人権」の明記を
■国民の一人として、あたりまえに暮らす権利があることを全ての根幹に。
○基本法を通じて、どんな社会を生み出そうとしているのか、その根幹として認知症の人一人ひとりの人権の遵守を法の冒頭で明記することを要望する。
○ 法案では、尊厳、尊重という言葉が記載されているが、それらは言葉倒れになりやすい。現に日本社会に根深く存在している認知症の人への偏見がなくなり、共に希望をもって活き活きと暮らしていく社会を現実に築いていくためには、法を通じて国民全体にむけて、人(自分)が認知症になってからの「人権」認識の速やかな浸透とその遵守を徹底していくことが何よりも重要である。
○ 国際社会においては、認知症の人の人権を基盤に置いた認知症施策が主流となっている。超高齢社会の先進国の日本として、人権遵守を法で明示することは、諸外国に向けて認知症施策のトップランナーであることを示すこととなる。
2.「予防」を「備え」に変え、全国民が認知症に希望をもって向き合うための法に
■「予防」という語を目的や理念からなくし、施策の一条項の位置づけに。
○「予防」をどのように定義しても、一般的には「ならないこと」が主な受け止め方である。基本法案の目的の冒頭や理念に「予防」という言葉が用いられていることは、国民に、「認知症にならないこと」に過剰期待を抱かせ、自治体等が現実的には不合理な方策に注力してしまう過誤をもたらし、結果としてめざすべき共生社会の実現を大きく阻んでしまうことを、私たちはとても危惧している。
○台風や地震を予防することはできなくても、「備え」が重要であると同様、認知症に関しても重要なのは、予防ではなく、認知症があってもなくても、健やかに共によりよく暮らしていくための「備え」という考え方やその方策である。
○予防の研究、特に医学と同時に社会的な側面も含めた総合的な研究を進めていくことは必要であるが、それは国レベルの施策の一条項として位置づけるべきである。認知症施策を直接的に推進していく自治体が、「備え」という発想で共生社会の実現に向けて着実に取組んでいけるよう、法案の目的や理念にある「予防」を、基本法では「備え」に変えることを強く要望する。
3.都道府県及び市町村の推進計画策定の「努力義務」を「義務」に
■どこに住んでいても、認知症とともに希望を持って生きていくために。
○どこに住んでいるかで認知症になってからの暮らしやすさに大きな差が生じていることは、本人そしてすべての国民にとっては深刻な事態である。
○すべての自治体が、認知症施策の優先度を上げ、中長期的・計画的に取組み、格差のない共生社会を国として作るために、基本法の中で努力義務ではなく義務とすることを要望する。
○義務とすることが、自治体の自主性や創意工夫を損ねるものではなく、各自治体がそこで暮らす「本人や住民の声をもとに、自主・自立・自由度高くその地域として着実に地域共生を推進すること」を理念に明示し、そのための後押しを国がすべきである。